
世の中には、いろんな人がいるもんだ。
へんしゅうちょは、この人に出会ったとき、本当にそう思った。
本を出されている、というので、借りて読んでみた。
(買えよって。(^^ゞ)
なになに…。
「夫婦喧嘩の真っ最中の(著者の奥様の)足の裏を見たことはないが、面(つら)を一目見れば(怒っているのが)分かるくらいであるから、足の裏の表情だったらもっとはっきり分かるはずである。」
…。世の中には、いろんな人がいるもんだ…。
この先生の名は『平沢弥一郎』。
知るひとぞ知る、世界的に有名な「足の権威」である。
でも「権威」などという雰囲気を感じさせない、いつもいたずらっぽい視線で、
皆にニコニコと笑いかけている、まるで「イタズラっ子がそのまま大人になった」ような人だった。
50年間で40万人以上の足の裏を観察し、一目見れば、その人の体調や
気持ちまでが手にとるようにわかる―。
そんなことをおっしゃりながら、わたしたちの足の裏も観察された。
そこでへんしゅうちょの足を見て一言。
「あなたは、子供の頃、○○な子だったんじゃない?」
(げ!…当たってる!!……。)
「い、いや、別にそんなことはなかったですけど…」
「ふ〜ん…。( ̄ー ̄)ニヤリ。」
(げ!…ば、ばれてるかも…(T_T))
何でそんなことまでわかるんだよ!ってなことを人前で指摘されて、
むちゃくちゃ恥ずかしかったことを今でも覚えてる。
(当然、ここでも○○については書けません。あしからず。(^^ゞ)
足の裏っていうのは、その人を写す鏡のようなもんなのだそうだ。
健康か不健康か、どこが悪くて、どうすれば直るのか…。
もうすぐ死ぬのかどうかまで…。全部足の裏に書いてあるらしい。
こんな先生を招いて、わが社で「本物の下駄をつくる」プロジェクトが発足した。−今から5年前のことである。
プロジェクト発足から1年―。
「下駄」と言うには我々凡人の想像からはみ出てしまうような「はきもの」が完成した。
先生は大変喜んでくださり、ご自分の開発した「ピドスコープ」の一字をとって、この下駄を命名された。
「ピドヒール」と。

「ピド」はラテン語で「足」の意。「ヒール」は英語の「かかと」が転じて「かかとの高いはきもの」と理解できる。
平沢先生はこのプロジェクトで「足のために良いはきもの」を作りあげられた。
ぱっと見のデザインを重視しすぎるあまり、足の形まで変形させてしまうような「足の入れ物」でなく、
「足のための」「足が喜ぶ」そんなはきものになった。だから、先生は「ピド」と言う名を付けられた。
我々はそう理解している。
ピドヒール完成の翌年―。先生は永眠された。 享年78歳。
残ったのは、ピドヒールと、先生ほどの足に対する深い知識のない私たち―。
先生の確立されたスタシオロジー(身体静止学)理論のつまったこの下駄を、どう扱っていいものか…。
まるで“サルがはじめて火を見た時”のような…(^^ゞ
で。私たちは、他に証明して見せることができないもんで…。
山に登ってきたんです。
結果はびっくりするくらいのものでした。
ひょっとしたら、先生が天国で「イタズラっぽい笑顔で」登山隊に力を貸してくれたのかもしれないですね。
おかげさまでみんな笑顔で戻って来れましたよ。先生。(^^ゞ
平沢弥一郎氏(ひらさわ・やいちろう)
東京工業大学名誉教授、元放送大学第一学習センター所長、医学博士(運動神経生理学)。
人間の直立能力を足の裏から解析する装置・ピドスコープを開発、「足の裏博士」として知られた。
2002年6月永眠。享年78歳。
参考文献:「足の裏は語る」著:平沢弥一郎(筑摩書房)
残念ですが、この本、絶版になってしまっているようです。
(今はUSED品のみ若干数出回っている状況です)
この表紙に書かれているイラストは、平沢先生が描かれた
「ひと筆で描ける足の裏の絵」
です。(^^ゞ
「これは僕のオリジナルなんだ。ほら、こうやったらひと筆で
足の裏が描けるでしょ?」
と、とてもうれしそうに教えながら、開発スタッフにも描き方を
レクチャーしてくださった、思い出のイラストです。